先日、辺野古で座り込みを続ける島袋文子おばあが国会に来てくださいました。その経験といまの政治への怒りは、筆舌に尽くしがたい。
沖縄戦を生きた文子さん。弾が飛んでくるよりも、屍を越え逃げるのが辛かったと語る。死体が浮かんだ水たまりの水で生き延びた。日本兵が住民を殺すのを事実として知る。戦争はやってはならないというその叫びを、誰が否定できるだろうか。文子さんの命を救えたのは、日本を守るはずの日本軍ではなく米軍だったという事実に、誰が反論できるというのか。
そしてまた、次の戦争では同じようならないと、誰に約束できるでしょうか。戦争は、個人がもつ権利と自由をことごとく奪うもの。それは歴史が証明しています。沖縄戦の戦火を生きて、いま発信される戦争はやってはならない、基地は要らない、そのメッセージはあまりに強い。本土に住む私たちには、その声を無視する資格はありません。
もちろん、沖縄の犠牲を当然のものとする安倍政権にも、沖縄の未来を語る資格はない。