2023年・第211通常国会
- 2023年6月7日
- 憲法審査会
廃案も立法府の責任 審議で根幹揺らぐマイナンバー法、入管法、軍拡財源法案
○山添拓君 日本共産党の山添拓です。
参議院の緊急集会及び参議院議員の選挙区の合区について意見を述べます。
憲法記念日を前にした朝日新聞の世論調査では、政治に最も優先して求める課題として憲法を挙げた人は一%にすぎず、年金、医療、介護が三一%、物価高二〇%、景気雇用一九%などが上位を占めました。コロナ危機に続く物価高が暮らしと営業を襲い、給料は上がらず、年金は下がり、先が見えません。改憲が政治の優先課題として求められていないのは明らかです。政治は目の前の困難を解消するために全力を尽くすべきです。
だからこそ、日本共産党は、憲法審査会を動かすべきでないと主張してきました。ところが、今国会では、緊急時対応として参議院の緊急集会では不十分ではないか、そのため衆議院議員の任期延長や緊急事態条項の創設など憲法改正が必要ではないかとの意見が改憲を主張する政党から繰り返し出され、緊急集会をめぐり参議院として考えをまとめるべきだという主張までされてきました。当審査会の権限を逸脱するばかりか、国民の願いに背を向け、国会内の多数派工作で改憲案のすり合わせを図ろうとするものであり、政治の役割を何重にも履き違えています。
緊急時対応を口実とした改憲論は、初めは災害対応を、近年はコロナ対応やロシアのウクライナ侵略を契機とした戦時対応など、時々の情勢と国民の不安や懸念に乗じて理由を変遷させていますが、一貫しているのは、権力分立を一時停止する改憲を目指そうとしていることです。しかし、権利の保障と権力の分立はセットで立憲主義の根幹であり、軽々にその例外を論じるべきではありません。長谷部参考人が述べたように、そのために憲法を変えることは必要か、憲法以下の対処でできることはないのかを十分に議論すべきです。
日本国憲法が明治憲法の緊急勅令や緊急財政処分と同等の仕組みを設けなかったのは、民主政治を徹底させて国民の権利を十分擁護するために、行政権の自由判断の余地をできるだけ少なくするためです。
その背景には、緊急事態条項が悪用、濫用されてきた歴史があります。明治憲法下、関東大震災では、戒厳令の中、デマが広がり、社会主義者や朝鮮人、中国人が多数虐殺されましたが、政府はいまだに真相究明に背を向け、責任を認めようとしません。
一九二八年には治安維持法の最高刑を死刑に引き上げる重罰化が緊急勅令で強行され、思想、言論の弾圧に最大限利用されました。ところが、政府は、治安維持法は適法に制定され適法に執行されたと開き直り、謝罪も賠償もなく、被害の実態調査すら拒んでいます。多くの犠牲を生んだ事実への反省もなく、権利侵害の危険と隣り合わせの緊急事態条項を安易に論じるのは歴史の逆行と言うべきです。
戦後、九条で戦争放棄と戦力の不保持を定めた日本国憲法の下では、戦時対応に名を借りた緊急事態条項は必要なくなりました。戦争になったらどうするかではなく、戦争しないと国際社会に約束するからこそ、いかなるときにも権力分立による権利保障を貫く国際的にもユニークな緊急集会という規定が生まれました。この間、当審査会で、与党を始め改憲を主張する意見の中にこうした歴史的経過への言及がほとんどないのは奇異と言うほかありません。
長谷部参考人及び土井参考人は、緊急の場合であっても、内閣の独断専行を避け、可能な限り憲法の定める制度を活用して権力の抑制、均衡を確保することが憲法の趣旨にかなうと主張、強調しました。憲法五十四条二項が定める緊急集会の理解において欠くことのできない視点です。任期延長を含む緊急事態条項創設へ議論を運びたいがために、蓋然性が疑わしい事態を殊更想定して、本質的とは言い難い論点に拘泥し、憲法の趣旨を踏まえようとしない議論は厳に慎むべきです。
土井参考人が述べたように、代表制民主主義の基盤である国民の選挙権の行使は強く保障される必要があります。長谷部参考人は、二〇〇五年の最高裁判例を引用し、選挙権の制限は、そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難である場合にのみ許されることから、緊急事態においても基本権は可能な限り保障されるべきであると述べました。
一九四一年、対米開戦に向かう情勢での衆議院議員任期の延長は、緊迫した情勢下に選挙を行えば国政について不必要にとかく議論を誘発するという考えによるもので、選挙権の制限自体が目的でした。緊急時にこそ、選挙を通じて議会に代表を選出し、国会の民主的正統性を担保すべきです。
また、議員任期の延長が緊急事態の恒久化を招くという指摘は重大です。長谷部参考人は、衆議院議員の任期を延長すると、総選挙を経た正規のものとは異なる異常なものではあるが、国会に付与された全ての権能を行使し得るある種の国会が存在し、そこでは通常の法律が成立するとし、緊急時の名を借りて、通常時の法制度そのものを大きく揺るがすような法律が次々に制定されるリスクも含まれ、任期の延長された衆議院とそれに支えられた従前の政権党が居座り続けることになりかねないと指摘しました。選挙を通じて国民の審判を受けていない議員だからこそ、歯止めが利かないリスクはより大きく、選挙制度そのものが改変されるなどして、元に戻すことが一層困難になりかねないのは深刻です。
一方、参議院の緊急集会制度には、緊急事態から通常時へのレジリエンス、復元力の高さと復元した後のチェック体制という合理性があります。土井参考人は、内閣総理大臣や国務大臣の多くが慣行上、衆議院議員から選ばれていることから、自らの正統性を支えるためにはできる限り早期に総選挙が実施されるよう期待でき、復元力があること、また、次の国会が召集された後、十日以内に衆議院の同意が必要とされることから、緊急集会の下で講じた措置の合憲性や合法性は衆議院によって網羅的に審査されることを指摘しました。
任期延長による国会は、選挙されていない存在を完全な国会であるかのように扱う点で民主的正統性を欠くばかりでなく、緊急集会と異なり、通常時への復元力も期待できず、民主政治の徹底という憲法の趣旨とは相入れません。
国会の機能を強調するなら、緊急時どころか、平時の今、まずこの通常国会で立法府が役割を果たしていると言えるのか、厳しく問われなければなりません。
先週強行されたマイナンバー法改定は、審議のそばからトラブル事例が相次いで発覚し、その全体像すら明らかになっていません。このまま施行など到底できないでしょう。
入管法改定案は、法改正の根拠とされた事実、立法事実が次々崩れ落ち、入管庁がうそとごまかし、隠蔽を重ねてきたことも浮き彫りになっています。時間を積み上げたから採決などというのは、およそ審議の経過を踏まえない暴挙です。
軍拡財源法案は、流用と財政民主主義の潜脱、根拠のない歳出改革と正体不明の増税など、そもそも財源論として破綻しています。もとより、専守防衛を投げ捨て、敵基地攻撃能力保有に突き進むのがなぜ憲法の範囲内と言えるのか、まともな説明はありません。
審議を通じて法案の根幹が揺らぐ事態が浮き彫りになれば、一旦立ち止まり、場合によっては廃案とすることも立法府の重要な責任です。民主主義は時間を必要とします。二院制の下で、参議院は熟議の府とされてきました。自らの存在意義を忘れたかのように、悪法であれ立法事実を欠くものであれ、政府・与党の方針にやすやすと従い、押し通そうとするのは、国会の機能を損なう行為と断じざるを得ません。
今、国会に求められているのは、想定外を殊更想定して、任期延長や緊急事態条項を論じることではなく、目の前の困難に寄り添い、暮らしと平和を守るため、憲法を生かした政治へ転換し、国会の機能を遺憾なく発揮することです。
なお、本日は参議院議員の選挙区の合区についても意見表明の対象とされています。
合区は、元々自民党の党利党略で強行され、不平等をもたらすことは当初から批判されていました。今度、合区解消を改憲の理由とするのは牽強付会も甚だしいと言わなければなりません。
投票価値の平等と民意の反映を実現する選挙制度をいかに築くかの問題は、そもそも当審査会の役割ではないことを指摘し、意見とします。